オレは、何のために生きている???
・・・と、
今、深く考えていてなんとなく新日本プロレスワールドを開いた。
そして、見た試合が・・・
- 2016年4月10日:両国国技館
- 2016年6月19日:大阪城ホール
目的は何だったんだろう・・・
って考えて、
内藤哲也のマイクと「デ・ハ・ポン」の大合唱を聞き、大阪城ホールのPVを最初から最後まで見て、入場で歓声とブーイングが入り混じる瞬間を見てみた。
このときの内藤哲也って何を考えているんだろう・・・
普通に考えれば、ブーイングこそが耳に残り、そして心に突き刺さる。しかし、内藤哲也の入場シーンを見ていると「自信」に満ち溢れているのである。
もちろん、レスラー人生を考えれば積み重ねてきたことが「自信」になっていると思うし、経験こそが「財産」でもある。
でも、でも・・・
それにしても、堂々と入場し、あたかも「オレを見ろ!」と言わんばかりにパフォーマンスをする。
そして、元木谷オーナーと握手をするシーンでも、主導権はやはり内藤哲也。
会場からは大歓声が起きるのだが、でも、それでも「歓声」ということを全く気にしていない。
・・・となると、やはり内藤哲也が考えていることは「これ」なんだと改めて気付かされるのである。
私は、内藤哲也を見ていると「すべての答え」が隠されていると思っている。
いや・・・成功者には「共通」することがある。
それを身近で体感できるレベルに落とし込めている自分がある意味嬉しい。
ただ、今の心境を考えた時に、内藤哲也という男はとんでもないところまで進んでいるんですね。
もちろん、私は一般人で内藤哲也はスター選手。
新日本プロレスを代表するレスラーだし比べることに事態に問題がある。
しかし、規模を小さく考えれば、別に内藤哲也を手本として生きていくことは間違いではない。
だから、私は、壁にぶつかったときこそ、内藤哲也の動画を見るようにしている。
ただ・・・
そのとき、昔の試合は見ない。
常に上昇しているときに「なにを考えているのか?」と想像する。例え、その想像が間違っていたとしても、自分が正解だと思えば正解だ。
・・・まぁ、なにを言いたいのか?まとめ上げることが出来ないが・・・
オレは、何のために生きている???
という答えがどんどん「鮮明」になって来たのでここに記しておこうと思う。
最後に言い訳として書いておくが、この答えって10年前に知っていたし、7年前には実行していた。
しかし、その時は、その先に見える目的が「欲望」だったからうまく前に進めなかった。
でも、今のオレなら出来そうな気がする。
おそらく、確実にステージが上がったのだろう。考え方の変化が昔と今の違いに気づいているのだから。
これに気付いたのは、ある女性の言葉だった。
親近感・・・そうだよね、そうなんだよ。そんな風に思ってくれる人がいるんだよね。
あと、薮田博史がプロレスブログ界からいなくなることを恐れて・・・と言ってくれた人もいた。
そうだよな、そうだよね。
そうなんだよね。
・・・自分では理解しているけど、いざ「激しく」行動しようとすると、やっぱり今のオレには内藤哲也の存在は必要不可欠。
何を感じ、何を考えているのか?
2015年10月にEVILをパレハとして向かい入れた時からお客様の「変化」に気付いていたと内藤哲也が言っていた。
それから、半年間、走り続けた瞬間が4月10日の「爆発」に繋がっている。そう考えると、同じやることでも、インパクトの違いで大きく結果が変わる。
小さいことをやっていれば、小さな爆発は起きるけど、大きなことをやり続ければ大きな爆発が起きる。
この方程式と言うか、今書いてて「なるほど」と思っている。すなわち、小さくまとまれば輝きは大したことないけど、大きくいけば、輝きは想像を超える。
もちろん、また、インに入るかもしれないし、解放できるかもしれない。
ただ、私が止まることで困る人がいることを考えれば、今何をすべきなのか?と声を大にして自分に言いたい。